2023 / 10 / 13

Special Interview

前編

日本初のJBA公認プロフェッショナルレフェリー・
加藤誉樹さんの仕事道具とそのこだわり

バスケットボールの試合に欠かせない存在であるにもかかわらず、なかなかクローズアップされることがないレフェリー(審判)。今回は、日本初のJBA公認プロフェッショナルレフェリーとして国内外で活躍する加藤誉樹さんに、トップレフェリーの本音やこだわりをたっぷりとうかがいました。

前編は、レフェリーに欠かせないホイッスルを含む、道具へのこだわりについてです。

PROFILE
加藤 誉樹(かとう・たかき)

1988年生まれ、愛知県出身。慶應義塾大2年時に選手から審判に転向。大学院卒業後も会社員の傍らレフェリーを続け、2014年に国際バスケットボール連盟(FIBA)公認国際審判員資格を取得。2017年には初となるJBA(日本バスケットボール協会)公認プロフェッショナルレフェリーに就任し、2021年に東京で開催された世界大会でも審判を担当した。

加藤 誉樹

レフェリー初心者でもベテランのようないい音が鳴らせるブラッツァ

今日はレフェリーを担当する日とほとんど同様の持ち物をご持参いただいているとのことです。
ありがとうございます。

いえいえ。こういった機会でもない限り、みなさまが知ることもないと思うので、ぜひ紹介させてください。

まずは、レフェリーに必要不可欠なホイッスルについてうかがいます。加藤さんは現在モルテンの 「ブラッツァ」を使われているとのことですが、こちら、2つご持参いただいています。

はい。「紐が切れた」「笛が鳴らなくなった」といった不測の事態に備えて必ず2つ用意して、1つはレフェリーパンツのポケットに入れるようにしているんです。といっても、そういったトラブルが起きたことは一度もありません。今のブラッツァを使い始めてから約3年間、年間100試合近く笛を吹いていても「壊れた」とか「音の調子が悪い」ということがない。とても耐久性が高い笛だと感じます。

その他、ブラッツァの使用感についてうかがえますか?

一番いいなと思うのは、笛の上下を問わずいい音が出ることですね。明確に上下がある笛、ぱっとくわえたら上下が逆でいい音が出なかったということがよくありましたが、ブラッツァはそこに関して一切ストレスがないのが嬉しいです。

また、ブラッツァは初心者であっても、私のようなそれなりにレフェリーとして経験を積んできた人間と同じような、強く、鋭く、大きい音が比較的出しやすいように感じます。ホイッスルによっては息を吹き込むのにコツが必要で、うまくいかないと音が裏返ったりかすれたりするものもあるんですけど、ブラッツァはそれを意識する必要がほぼなくて、シンプルに息を吹き込めばいい音が出やすい。いわゆる草の根レベルの大会でも、B.LEAGUEの試合でも、FIBAの大きな大会であってもしっかり会場に笛の音が聞こえるなっていうのは個人的な実感としてあります。

加藤さんは2017FIBAユーロバスケット(ヨーロッパ選手権)や、FIBAバスケットボールワールドカップ2023 アジア地区予選など、1万人を超える熱狂的な観客が詰めかける試合で審判を担当された経験をお持ちです。そういったアリーナ内でも、ブラッツァのホイッスルの音はきちんと響くのですか?

はい。私自身がコートに立っているときも、他のレフェリーが担当している試合を上の方のスタンド席で見ているときも、ちゃんと聞こえます。余談ですが、FIBAの大会では笛の周波数を拾ってゲームクロックが自動的に止まるというシステムがあるんですけど、ブラッツァは早くからこのシステムに対応しているので、国内外、ゲームの規模に関わらず使えてとても助かっています。

選手やコーチのスムーズな移行を促すホイッスルのテクニック

それにしても、ホイッスルを吹くのにも技術が必要だというのは意外でした。

レフェリーが審判を始めたころに教わるものの1つに「スリーS」というものがあります。「ショート(短く)」「シャープ(鋭く)」「ストロング(強く)」を意識して笛を吹きなさいということなんですが、普通に息を入れるだけでは3Sにはなりません。

実際にちょっと吹いてみましょうか。私の場合はリコーダーの「タンギング」の要領で、舌で笛を突いて音を出しています。

また、私の場合は、「普通のコールとは少し違う判定をするよ」と選手やお客さんの気を引くときや、選手に「タイムアウトだな」と思わせるときなど、シチュエーションによって笛の音色を使い分けるようにしていますが、こういったものを表現するには特に技術が必要です。

表現力をも要するとは、レフェリーの笛は奥深いですね。

究極的なところで話すと、バスケットボールのレフェリングって、はっきりしたファウルとかバイオレーションはチームやプレイヤー同士で白黒つけられるもので、レフェリーが必要になるのは両チームで決着をつけられない真ん中の部分なんだと思うんです。だから、笛を吹けば「吹かれた」、吹かないっていう判定をすれば「吹いてもらえなかった」と思う人がいるのは当然なんですよね。

その中で、正しい判定をしたという前提の上で、その判定をシグナルや笛でそれを適切に表現するというのも、レフェリーにとって非常に大切な要素だと思っています。「ファウルをしていない」と思っているプレーヤーがフラストレーションを溜めることなく、次のプレーに移るためにはどんな音色の笛を吹けばいいか……。私はそういったことも考えていますし、ブラッツァはそれが実現できるホイッスルです。

トップレフェリーの仕事道具紹介

続いて、その他の道具についても教えていただけますか。

わかりました。代表的なものについてご説明させていただきます。

レフェリーマスク

コロナ禍を受けて生まれた、レフェリー専用のマスクです。「カモノハシマスク」「カラスマスク」と呼ばれることもありますね。ゲームクロックが止まったときの笛の出し入れや水分補給をしやすいように、口元が空いているのが特徴です。

プロジェクター

これもコロナ禍を受けて準備したものです。レフェリーは試合後、試合映像を見ながら試合の振り返りを行うのですが、控え室で十分な距離を取れるように、白い壁がある開けた場所があるときは、そこにプロジェクターで映像を投影してミーティングを行います。そういった場所がないときは3人が別々の部屋に分かれて、オンライン会議形式で振り返りを行います。

サスペンダー&ベルト

レフェリーにとって、身なりを整えることはとても大切です。なぜかというと、たとえ正しい判定であっても、例えばシャツがズボンからはみ出ているなど身だしなみの整っていない、だらしなく見えるようなレフェリーから宣告されたら「本当かよ?」と思うのが人間の性だから。私は試合中に着衣が乱れることのないように、サスペンダーでシャツの裾を留めてそれを足の裏にひっかけ、シャツの上でベルトを締めてからズボンを履いています。

各種サポーター

選手として活動していた学生時代に足首や膝を怪我した私には、特に欠かせないギアです。両足首と左ヒザにサポーター、両ふくらはぎに疲労軽減のためのコンプレッションタイツを装着し、その上に靴下、パワータイツ、サスペンダーを身につけます。ズボンの下は実はサイボーグのような身なりです(笑)。

ケア&コンディショニンググッズ

スリーパーソン制で試合を担当する場合、だいたい1試合で3~5キロぐらい走ります。加えて切り返しも激しく、攻守の交替のたびに20メートルのダッシュをしているような感じですので、試合後のケアは欠かせません。私はトレーニングバンド、氷のう、マッサージガンを持参して、セルフケアを行うようにしています。トレーニングバンドは試合後のストレッチだけでなく、試合直前に行う軽いウエイトトレーニングでも使用します。また、試合中はアミノ酸の粉末を水に溶かしたものを飲むようにしています。

ナイトゲームの際は、ホテルに戻ってクルーとの振り返りを終えると12時過ぎになります。そこから交代浴を数回行い、アイシング、ストレッチ、マッサージガンを行ってから就寝するという流れになります。

ウェアラブルデバイス

FIBA主催の国際試合をコンスタントに担当するレフェリーにFIBAから支給されている、試合中の心拍数を計測するデバイスです。担当する試合では必ずゴムバンドで胸に装着しています。試合中にどれくらい心拍数が上昇するか、また、試合後どれくらいで平常の心拍数に落ち着くかといったデータがFIBAのクラウドデータにアップロードされ、私とFIBAのフィットネスコーディネーターがいつでもそれを確認できる仕組みになっています。

※中編では、加藤さんのレフェリーとしてのこだわりと、現役審判からの質問についてうかがいます。

インタビュー・構成:青木美帆
撮影:岡元紀樹